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【弁護士が解説】従兄弟の土地に建てたアパートの入居者は退去させられる? 不動産業者が知るべき「無権原建物」の法的戦略と予防法務
不動産取引の現場では、権利関係が複雑な案件に遭遇することがあります。
例えば、「親族間(例:従兄弟)の口約束だけで土地を使わせてもらい、その土地に自分名義のアパートを建てて賃貸に出している」といったケースです。一見、問題なさそうに見えても、土地所有者である従兄弟が亡くなって相続が発生したり、関係が悪化したりして、土地の利用権原(権原)があやふやなままトラブルになることは少なくありません。
このような「権原なく第三者の土地に建てられたアパート」の入居者(賃借人)は、土地所有者から「出ていけ」と言われたら、退去しなければならないのでしょうか? 土地所有者がアパート所有者に対して「建物収去・土地明渡」訴訟で勝訴した場合、その判決をもって、アパートの賃借人を直ちに退去させることはできるのでしょうか?
結論から申し上げますと、土地所有者は賃借人を退去させ、建物を収去することが可能です。しかし、そのためには的確な法的手順、すなわち「二段構え」の訴訟戦略が不可欠となります。
本稿では、この複雑な法律関係を整理するとともに、不動産の専門家として知っておくべき実務上のポイントと、トラブルを未然に防ぐための「予防法務」について解説します。
ポイント1:なぜ賃借人は土地所有者に対抗できないのか?
この問題の核心は、土地所有者が持つ「物権(所有権)」と、賃借人が持つ「債権(賃借権)」の優劣関係にあります。
土地所有者の権利(物権): 所有権は、物に対する直接的・排他的な支配権であり、誰に対しても主張できる絶対的な権利です。
賃借人の権利(債権): 賃借権は、あくまで賃貸人(建物所有者)に対して「建物を使用させてほしい」と請求できる契約上の権利(債権)に過ぎません。
賃借人の権利は、すべて「権原のない」建物所有者との契約に由来します。法の大原則として、「自己の有する権利以上の権利を他人に与えることはできない」のです。土地を利用する正当な権利を持たない建物所有者から部屋を借りた賃借人が、正当な権利者である土地所有者に対して「住み続ける権利がある」と主張することはできません。
ここで、「借地借家法による賃借人保護(対抗力)は適用されないのか?」という疑問が生じます。借地借家法第31条は、建物の引渡しがあれば、建物の新しい所有者に対して賃借権を主張できると定めています。
しかし、これはあくまで建物の所有権が売買などで移転した場合の話です。今回のケースでは、土地所有者は建物の所有権を取得したわけではありません。あくまで「土地の所有者」として権利を主張しているため、賃借人は借地借家法を根拠に土地所有者へ対抗することはできません。
ポイント2:土地所有者が取るべき「二段構え」の訴訟戦略
土地所有者が土地を完全に明け渡させるためには、単一の訴訟では不十分です。以下の二つの訴訟を、個別に(または併合して)提起する必要があります。
建物所有者への対応
「建物収去・土地明渡請求訴訟」 これは、土地所有権の妨害排除として、建物の所有者に対し、建物を撤去して土地を明け渡すよう求める訴訟です。この判決は、建物を法的に除去する権能を土地所有者に与えます。
各賃借人への対応
「建物退去・土地明渡請求訴訟」 これは、建物を現に占有することで土地所有権を侵害している各賃借人(アパートの全入居者)に対し、建物から退去して土地の占有を解くよう求める訴訟です。この判決が、賃借人を物理的に排除するための根拠(債務名義)となります。
建物所有者に対する勝訴判決の効力は、別人格である賃借人には直接及びません。したがって、賃借人一人ひとりを被告として、個別に退去を命じる判決を得る必要があるのです。
【実務上のヒント】 訴訟中に建物所有者が占有者を入れ替えて執行を妨害するリスクを防ぐため、訴訟提起と同時に「占有移転禁止の仮処分」を申し立てておくことが極めて重要です。
ポイント3:強制執行のリアルな流れ
上記二つの判決(債務名義)を得て初めて、強制執行が可能になります。執行は以下の2ステップで進みます。
ステップ1:賃借人の退去(明渡しの断行) まず、賃借人に対する「建物退去」判決に基づき、執行官が明渡しの強制執行を行います。
催告: 執行官が現地に赴き、約1ヶ月後の「断行日」までに任意で退去するよう催告し、公示書を貼り付けます。
断行: 期限を過ぎても退去しない場合、執行官が鍵を開錠し、室内の家財道具をすべて強制的に搬出します。搬出された家財は倉庫で保管されます。
ステップ2:建物の収去(代替執行) 建物が空になった後、土地所有者は建物所有者に対する「建物収去」判決に基づき、代替執行の手続きに移ります。
授権決定: 裁判所に申立てを行い、建物所有者の費用で第三者(解体業者)に建物を収去させる許可(授権決定)を得ます。
収去実施: 授権決定に基づき、土地所有者が依頼した解体業者が建物を解体・撤去します。
なお、建物の解体費用は、法的には建物所有者の負担ですが、実務上は土地所有者が一時的に立て替える必要があります。建物所有者に資力がない場合、この費用が回収できないリスクがある点には注意が必要です。
まとめ:不動産業者への示唆とトラブル予防策
この一連の手続きの結果、各当事者の法的帰結は以下のように整理されます。
土地所有者: 訴訟と執行という手間とコスト、費用回収リスクを負いますが、最終的に土地の完全な所有権を回復できます。
賃借人(アパート入居者): 退去を余儀なくされます。しかし、原因を作った賃貸人(建物所有者)に対し、契約不履行を理由に、敷金・礼金の返還や引越費用などの損害賠償を請求できます。
建物所有者(アパート経営者): 土地の不法占拠者として、建物の収去費用と、賃借人に対する損害賠償という、すべての経済的損失を最終的に負担することになります。
不動産取引においては、登記情報だけでなく、現地の占有状況やその権原の有無を正確に把握することが、予期せぬトラブルを回避する上で極めて重要です。
特に親族間の不動産取引や、土地と建物の所有者が異なる場合には、土地の利用権原(賃貸借契約書、地上権設定契約書など)が法的に有効な形で存在するかを厳しくチェックする必要があります。
例えば、今回の「従兄弟の土地にアパートを建てる」ようなケースでは、単なる口約束で済ませることが将来の紛争の種となります。このような事態を防ぐため、不動産業者としては、当事者に以下のような予防法務を助言することも重要です。
口約束の書面化: 親族間であっても、必ず「土地使用貸借契約書」や「覚書」を作成します。
権利の明確化: その書面で、建物所有者が土地を無償で使用する権利(使用貸借権)を明確に定めます。
将来のリスクへの備え(特約の検討): さらに踏み込み、「土地所有者が土地を第三者に売却(所有権移転)する際は、建物所有者の承諾を要する」「承諾なく売却し建物収去が必要となった場合、土地所有者は建物所有者に対し損害賠償義務を負う」といった特約を盛り込むことで、建物所有者やその賃借人を保護する手立ても考えられます。(※ただし、このような特約は債権的な効力に留まる点に注意が必要です。)
もちろん、このような複雑な権利関係の設定には専門的な知識が必要です。本件のような事案に直面した際は、トラブルが発生する前であっても、初期段階で専門の弁護士に相談し、適切な法的戦略や予防策を立てることを強くお勧めします。
当事務所では不動産専門業者からの相談も多数受け付けております。権利関係が整理できなくてお悩みの不動産業者の皆様からは、リモートでも相談ができますので、ご利用ください。
弁護士伊藤拓